January 31, 2007

勉強会1.

いろんな勉強会を森正洋を囲んですることができました。

その最後になったその名も「森正洋研究会」、その会について何回かの記事に分けてお話しします。

始まったのは、森正洋が愛知県立芸術大学を退官になった1993年4月からです。終わりは森正洋が発病したその年の6月です。その間の3回しかできなかった会の内容をお話ししようと思います。
9人のメンバーで始まったこの勉強会は、当面毎月一回第二火曜日に集まることを準備会で相談し、森正洋に提案し受け入れられ早速スタートしました。
これまでも1988年の肥前吉田焼窯元協同組合青年部の中国景徳鎮への旅行のための勉強会を皮切りに、同じ嬉野町に住む森正洋に依頼する組合主催の勉強会(いろんな補助を受け)は1990年まで何度か開催されました。
今回お話しする勉強会は、まったく私的に集まって森正洋の話を聞きたいという集まりで内容の濃いものになりそうでした。その中での森正洋の発言の記録をひっぱり出してお話ししようと思います。

10:49:53 | design-mori | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks

February 08, 2006

リンドベリと森正洋-2

Konstfackでスライドレクチャー

ギセラ・エロンさんの「スティグ・リンドベリ作品集」(プチグラパブリッシング)、129ページのコンストファックにてのページに掲載の写真(1960-1961)、まさにその時そのようなシーンだったようです。ぜひ興味のある方はこの本を購入してください。森正洋の写真にその時のシーンがないか探してみようと思います。

森正洋は「リンドベリの工房に併設した学校でスライドレクチャーをした。」と言っていましたが、じつはその当時コンストファック(Konstfack)の講師をしていたリンドベリといっしょにそこでレクチャーをしたようです。また「やっぱり大人気のティータイム」ができたようです。
「なかなかいいんだ、お茶を飲みながらいろいろ話しをしている。生徒も先生もリラックスして、いい雰囲気だった。」と話し、いつまでも記憶にしっかり刻み込まれていたようです。


18:40:21 | design-mori | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks

February 07, 2006

リンドベリと森正洋-1

スティグ・リンドベリと森正洋-1

1961年にグスタフベリでいっしょに撮った写真です。変色しています、でもそのままにしています。

この時のことをいろんな取材の中や機会があるたびに懐かしそうに話していました。
このときスティグ・リンドベリ45才、森正洋34才。やはり一番信頼するデザイナーの一人だったと思います。
トレードマークの蝶ネクタイはいつものように、しかしこの写真のリンドベリひげをはやしていますよね。珍しいのではないかと思います。

18:28:04 | design-mori | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks

January 27, 2006

最近の仕事:mujiのための

森正洋の晩年の大仕事が、mujiの食器です。2005年の死までの2年近く、その仕事に圧倒的な時間を割きました。
最後の仕事となったボーンチャイナの食器群が無印良品の店舗で販売が開始されました。有楽町店では、無印良品「森正洋展」が開催されています。白磁の器とそのボーンチャイナが展示してあります。もちろん購入できます。わたしもボーンチャイナをさっそく購入しましたので、今夜から使います。
null

14:22:51 | design-mori | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks

January 26, 2006

G型しょうゆさし2.

1.しょうゆさし
1-2 森正洋デザインの商品には「なになに型」という商品名が多いが?といつも聞かれます。それは、同時期に多くのモノをいっぺんに作ってしまうバイタリティーの象徴といえるようです。
1987年の一連の「しょうゆさし」はなんともです。「集中力・持続力」は並大抵ではありません。
やはり最初に「なになに型」で登場するのが「G型しょうゆさし」です。それは後の「なになに型」とは意味合いが違います。形からの連想などとは違うからです。

1-3 なぜG型?森正洋の考えや頭の中は複雑ではなくモノの形のようにシンプルです。1961年森正洋は通産省のGマーク選定があることを知り、初めて応募したのがこの「G型しょうゆさし」です。そうです「Gマーク」の「G」なのです。


02:17:36 | design-mori | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks