January 31, 2006

学生のころ2

学生のころ卒業制作の前で

森正洋の作品や画像などの記録で、唯一保存できていないものがこの「卒業制作」です。
この写真と制作物を撮った写真は存在しますが、モノは存在しません。本人の記憶もはっきりしていなくて、誰かにあげたかどこかに預けたままだとか。
もし、この卒業制作をご覧になったことがある方には情報をお知らせいただければ助かります。
以下へお知らせください。
oda@design-mori.co.jp


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January 30, 2006

学生のころ1

森正洋、多摩美術学校学生のころ。

いろんな意味で、森正洋は早くから自分の社会での位置とか、やるべきこととか将来がはっきり見えていたかもしれないと思います。それはこの写真のように後世に伝えるものがいっぱいあると言うことです。
学生時代制作したものなどもきちんと保存してあるのです。波佐見の試験場(現:長崎県窯業技術センター)時代の作品から白山陶器で制作した重要なもののほとんどがきちんと保管されているのです。
だから今、私たちはその全貌を実際のもので見ることができます。すばらしいこだと思います。古くからの友人・井手誠二郎さんは「本人の意思でなるべき様になるべき姿になったのだ、だからきちんと後世に残す資料も自分で作られたのだ。」(2001年佐賀市図書館での展示の準備の資料を見ながら)と。
※この写真は学生時代の下宿で自画像の前で取った写真。

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January 29, 2006

もりせいようと呼ぶ?最終回。

最終回です(おもしろいこと思い出したら復活します)。
●森正洋の戒名は「釈正容」(しゃくせいよう)!
お友達の和尚といっしょに生前考えていた戒名です。森正洋のお兄さんが、「食器を作って、器ひとすじの弟にふさわしい戒名を生前から考えていたようです。正容の容は容器の容。食器に通じると解釈します。」と言われるように、死んでからも食器を作りたかったのでしょう。「正洋と正容」どちらもせいようと読めます。
と長崎県美術館にnfさんといっしょに行ったとき、運河の上の渡り廊下のカフェでアベックの席に並んで座って、そんなはなしをしました。
「やっぱり、せいようのひびきはすきだったのだ。生前はかえることができなかったけど・・・」




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January 26, 2006

もりせいようと呼ぶ?続1

「もりせいよう」と呼ぶ?の話を何回かした。「やなぎそうり」が定着してしまった、そのことを話しながら「もりせいよう」に変えますか?と問うたことがある。
いつもは阿川弘之より瞬間湯沸かし器だと思っていた森正洋が即答を躊躇した。一瞬の後「やめておこう」と言った。
親・家族・信仰を大切にした森正洋でした。多くの人々のことや世の中のことを考え続けた人でした。

00:45:53 | design-mori | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks

January 25, 2006

もりせいようと呼ぶ?

「もりせいよう」東京では誰も疑わず「もりせいよう」と呼んでいるとnfさんは言う。東京に限らず呼びやすいのであろう、私のまわりでもどこでも、そう使っている。でも本人のまわりでは「まさひろさん」や「まさひろちゃん」である。
ちなみに、美佐緒さん(奥様)は「まさひろさん」である。
森正洋は美佐緒さんのことをどう呼んでいたかというと、とってもかわいい。「みっこー」である。

どうも学生時代からそう呼んでいたらしい。

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