February 23, 2006

旅行の話6(イラン旅行2)

イラン旅行2 1990.12-1991.1

■ペルセポリスのレンガ


この旅行のひとつの楽しみ「ペルセポリス」。写真で見ても映像で見ても、おぼろげに広さなどをわかるくらいで、どんなところだろうと興味がありました。そこから見渡す風景は雄大で古代に来た錯角を感じるほどでした。


遺跡の中は、いたるところ修復工事中です。でもそれがよかったのです。溝を修復しているところにレンガを見つけました、川のそばのレンガ工場のようなところでできたものでしょう。黄色いレンガなのです。「その土地土地でレンガの色は異なる」と森正洋は言い、どんな風に焼いているのか興味をもったようです。その直後にその工場に遭遇するわけですが・・・。普段の私たちのたびならとつくづく思いました。今考えても残念です。

・このイラン旅行は、モロッコ旅行の企画3回目でやっといける直前まで来て中止になってしまい、森正洋と私の二人はあいてしまったスケジュールを埋めるためにどこかのツアーに乗っかることにしました。そこでいきたかったイラン旅行を道祖神や西遊で探したわけです。

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February 22, 2006

旅行の話し5(イラン旅行1)

イラン旅行1 1990.12-1991.1

■やっぱりレンガ工場


中国もベトナムもトルコもやっぱりレンガを作る工場は、川の中州や川のそばなのです。
レンガ工場を見つけたのは、シラーズから出てペルセポリスを見学し、遺跡のあるナグシュ・ロスタムへ向かうボルヴァール川のすぐそばでした。
写真はわかりにくいのですが、河原へ降りて粘土が採取できるようになっているように見えます。右手奥に平たい台形の建物のようなのがレンガを焼く窯のようです。10基ほどはあったようです。

道路に沿って右へ回り込んだところです。手前の窓のあるブロックで造られた建物は、事務所のようです。右に見える乗用車が小さく見えます。この奥にはもっと大きなものが見えました。
トルコのレンガ窯より大規模に生産活動をしているようです。
しかし今回は、じかに見て質問することができませんでした。というのはこの旅行西遊旅行の企画に乗っかったもので、先の遺跡に行くことを優先しました。帰りに寄ろうと言うことで、しかし帰りは遅くなり真っ暗になって寄ることができませんでした。
そこで翌日は、ガイドを独占しシラーズの町でタイルを焼いている人のところへタクシーをチャーターして出かけましたが。
森正洋は人に大変気を遣う人で、旅行の時はとくにそれが強く出ていたように思われます。このレンガ工場を見ることができなかったのもまわりのひとのこと、たぶんレンガ工場など興味がないだろうと自分を優先させなかったこと、によく現れていたようです。



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February 12, 2006

旅行の話4(トルコ旅行4)

トルコ旅行43-1989.7
■レンガ工場



レンガ工場というより、レンガが積んである広場です。
窯などはなく、写真のなか後方のレンガが積んであるところが「窯」にあたります。
■レンガ造りの説明をします。
1.そこいらの土をドラム缶で作った土錬機でこねます。ここの動力はロバでした。それを地面の下から、屈強なひげのおじさんが一輪車に取り出し広場の中央へ運びます。
2.運ばれた土を若い労働者(10代半ば)の手で、木型に入れて形を作り取り出して地面に並べ日干しします。
3.乾燥が終わった日干しレンガは、粉炭をすきまに入れながら幅15m長さ30m高さ3mほどに積み上げます。
4.下から火をつけじわっと焼きます。ここでは一月ほどで焼き上がると言っていました。積み上げたレンガのまわりには覆いも何もありません。
5.この写真の後方は、焼いた後で冷まして取り出しているところです。温度が上がったところは、変形するほど熱量がかかり、くっついたりして、私たちの基準では使い物にならないところもあります。

彼らはトルコ国内、数カ所を転々としてレンガを焼いている一族だそうです。

●こんなふうに道ばたの見逃しそうなところも、森正洋といっしょに旅をすれば見つけ、そこで働いている人たちと話しをして、いろんな情報を収集できて楽しく有意義な旅になりました。
こんなレンガ窯は、中央アジアからヨーロッパ・ハンガリーあたりまでつながっているそうです。

後日、イランのレンガ窯の紹介ができると思います。

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February 05, 2006

旅行の話3(トルコ旅行3)

トルコ旅行3-1089.7



同じく「デザインの現場」で掲載された写真です。イズニックでタイルの復活をさせた人の工房でいつものスタイル、ビデオカメラを肩に担いで質問をしているところです。その日はイズニックの湖岸のホテルに宿泊しました。日本からよく予約が取れたものだという安宿(バスはなくシャワーだけのツインの部屋)でしたがそれがまた大変よく、西日の差す部屋では洗濯物がなんと1時間で乾いてしまうほどなのです。
そんな宿に二泊し、イズニックの町を楽しみました。もともとはイスタンブールのモスクのタイルをすべて供給していた町なのですが、いまではその面影もなく、タイルを作る人もいなかったのです。この写真は数年前に復活させたその人の窯を訪ねたときのものです。
この町ではいろんな思いもかけない体験をしました。トルコはイスラム教を政治とは分離させた国で、飲酒を禁止していません。しかし田舎町ではおじいさんやおばあさんたちの目は厳しく、昼飯のない安宿を出て町中で食事をするときはビールを出す店がないのです。ビールを飲みたい森正洋とiさんは町中のレストランを探しましたがなく、アルコールなしのメンバーがそれぞれ食事を済ませ、集まった町の中心部に店にビールを見つけ購入しおばあさんたちの後ろ指を指されながら飲める場所を探しました。
この後の話しはは長くなってしまうので、また後で紹介することにしましょう。

19:06:50 | design-mori | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks

February 04, 2006

旅行の話2(トルコ旅行2)

トルコ旅行2-1989.7

トルコ旅行の楽しかったひとつに、美佐緒さん(奥様)といっしょだったことも考えられます。二人は仲がよく、人のことには心配性の森正洋は絶えず気を使っていました。(もちろん回りのみんなのこともですが)旅行の終わりのほうでは、美佐緒さんが具合が悪くなったりしてとても心配そうに看病していました。
というわけで、旅行ではいつも私が部屋はいっしょでしたが、この旅行とフィンランド旅行が同室にならなかった旅でした。
この写真は、キュタフィア(陶器の産地でタイルやみやげ物を生産するところクタヒアとも)へ向かう途中の峠でトイレ休憩のときの写真。この時、お二人の写真をはじめて撮りました。

<トイレ休憩>
旅行の時のルールは、回を重ねるごとに出来上がっていくわけですが、この旅行でできたルールはこのトイレ休憩。長時間のバス移動のときはときどきトイレに困ります。そこで草むらのあるところでトイレ休憩になるわけで、バスの右側が女性左側が男性と言った旅行ならではのルールが出来上がります。
私たちの旅行はバスとガイドでいける範囲を2泊ずつのホテルだけ予約をして予定はほとんどなくいくスタイルです。このトルコ旅行はそれがまったくうまくいったので、一番楽しい記憶になったと思います。
まだ今後も続きます。

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